東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)98号 判決 1968年2月28日
原告 岩切勉
被告 大阪法務局長・国
訴訟代理人 小林定人 外一名
主文
原告と被告大阪法務局長との間において、同被告が昭和四一年四月一八日付でなした原告の不服申立てを却下する旨の裁決は無効であることを確認する。
原告の被告大阪法務局長に対するその余の請求を棄却する。
原告の被告国に対する請求を棄却する。
訴訟費用のうち、原告と被告大阪法務局長との間に生じたものは、これを二分し、その一を被告大阪法務局長の、その余を原告の各負担とし、原告の被告国との間に生じたものは原告と負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て
一 原告
原告と被告大阪法務局長との間において、同被告が原告に対してなした昭和三三年一二月二四日付司法書士認可取消処分は無効であることを確認する。
原告と被告大阪法務局長との間において、同被告が昭和四一年四月一八日付でなした原告の不服申立てを却下する旨の裁決は無効であることを確認する。
原告と被告国との間において、原告が大阪司法書士会所属の司法書士たる身分を有することを確認する。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
二 被告ら
被告大阪法務局長
原告の被告大阪法務局長に対する申立て第一項の訴えを却下する。
原告の被告大阪法務局長に対する申立て第二項の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
被告国
原告の被告国に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第二原告の主張
(請求の原因)
一 原告は、昭和二八年八月七日、被告大阪法務局長(以下「被告局長」という。)の認可を受け、大阪司法書士会に所属して司法書士の業務に従事していたものであるが、被告局長は、昭和三三年一二月二四日付で原告に対し司法書士法一一条三号により右認可の取消処分(以下「本件処分」という。)をなし、その結果、原告は、大阪司法書士会の会員たる地位を有しなくなつた。
二 そこで、原告は、昭和三四年、被告局長を相手方として大阪地方裁判所に本件処分の無効確認の訴え(大阪地方裁判所昭和三四年(行)第三四号事件)を提起したが敗訴の判決を受け、その判決は昭和三六年二月一日に確定した。
三 ところで、訴外北村一雄は、昭和二八年八月より昭和四〇年六月までの間の原告に対する司法書士業務による報酬金債務の支払いをしないので、原告は、昭和四〇年七月二〇日、同訴外人との間で、書面により、訴外立井金十郎を仲裁人に選定し、その仲裁判断にしたがうことおよび生野簡易裁判所を合意管轄裁判所とするとの仲裁契約を締結し、原告の申立てにより仲裁手続が開始されたが、仲裁人立井金十郎は、同年一〇月一六日、北村一雄に対して報酬債務を支払うべき旨を命ずる仲裁判断をなし、その仲裁判断書の原本が生野簡易裁判所に適式に寄託された。右仲裁手続においては、本件処分の効力如何が主要な争点となつたが、立井金十郎は、本件処分が無効であるとの判断を前提として右仲裁判断をしたのである。
四 そこで、原告は、昭和四〇年一〇月二二日、被告局長に対し、「本処分が無効であることを承認するかどうか、もし、同月二五日までになんらの回答がないときは、本件処分が無効であることを承認したものとみなす。」旨の条件付意思表示をし、同日、右意思表示は被告局長に到達したが、被告局長は、同月二五日を経過するもなんらの意思表示をしなかつた。
五 ところが、同年一一月二四日、大阪法務局民事行政部総務課長杉村信吉は、被告局長の依命通知として、原告に対し、「本件処分は適法有効である。」旨通知(以下「本件通知」という。)してきたので、原告は、昭和四一年三月一五日、行政不服審査法五八条一項の規定により、本件通知について被告局長に対し不服申立てをしたところ、被告局長は、同年四月一八日、原告の右不服申立てを却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をなし、右裁決は、同月二一日、原告に到達した。
六 しかしながら、本件処分は次の理由で無効である。
1 本件処分の権限は、被告局長にあるのであるから、その処分通知も被告局長がなすべきものであるところ、本件処分の原告に対する通知は、法人格を有せず、行政官署であるにすぎない大阪法務局が大阪高麗橋郵便局に差し出してなされたものであつて、利用者の郵政省に対する郵便物の差出行為そのものが成立せず、または無効であるというべく、したがつて、本件処分の通知の送達には重大明白な瑕疵があるから、右瑕疵のある送達によりなされた本件処分はその効力を発生しないものである。
2 前記のとおり、原告は、昭和四〇年一〇月二二日、被告局長に対し、「本件処分が無効であることを承認するかどうか、もし、同月二五日までになんらの回答がないときは、本件処分が無効であることを承認したものとみなす。」旨の条件付意思表示をしたが、被告局長は、同月二五日を経過するもなんらの回答をしなかつたのであるから、同局長において本件処分が無効であることを承認したものとみなされたものである。もつとも、前記のとおり、原告と被告局長との間には、既に本件処分の無効確認請求事件の原告敗訴の確定判決が存するのであるが、右確定判決の効力は、次のような理由により原告におよばない。
イ 右事件(大阪地方裁判所昭和三四年(行)第三四号事件)の審判にあつた裁判長裁判官平峯隆、裁判官中村三郎、裁判官山田二郎は、その審判を合議体でするとの決定を、その審理に入るに先き立つてなさず、口頭弁論調書によるも、右の決定があつたことを当事者に告知したとの記載がない。これは裁判所法二六条の規定に反し、右三名の裁判官が合議体で審判してはならない事件を合議体で審判したものであつて、裁判所の構成を誤つて審判したという違法がある。
ロ 右確定判決後になされた前記仲裁判断における本件処分が無効である旨の判断は、既判力を有するものであつて、この既判力は、右確定判決に優先するものである。ましてや、既判力は一事不再理ではないのであるから、権利保護の利益を有する原告において、再訴をもつて本件処分の無効確認あるいは原告が大阪司法書士会所属の司法書士たる身分を有することの確認を求めることは許さるべきものである。
七 また、本件裁決は、次の理由で無効である。
すなわち、被告局長は、処分庁ではあるが、審査庁ではなく、審査庁は行政不服審査法五条の規定により法務大臣でなければならず、そして、処分庁が審査庁に代つて裁決しうる旨の法律の規定もないのであるから、被告局長は、原告の不服申立書を法務大臣に送付しなければならないのにかかわらず、これを送付しないで、本件裁決をした。したがつて被告局長は、その権限外の裁決をしたものというべく、その瑕疵は重大かつ明白であるといわねばならない。(仮りに本件が原告において異議申立てをなしえない場合であるにかかわらず、原告において異議申立てをした場合であれば、被告局長は決定で原告の異議申立てを却下すべきであり、裁決をすることはできないものである。)
八、よつて原告は、被告局長に対し、本件処分が無効であることの確認を、被告国に対し、原告が大阪司法書士会所属の司法書士たる身分を有することの確認を、また被告局長に対し、本件裁決が無効であることの確認を求める。
第三被告らの主張
(被告局長の本案前の主張)
一 本件処分の無効確認を求める訴えは許されない。
行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる(行政事件訴訟法三六条)のであるが、本件処分の無効確認を求める訴えは、現在の法律関係、すなわち司法書士の身分の有無に関する訴えによつて目的を達することができるから、右訴えは不適法であり、却下さるべきである。
二 本件処分の無効確認を求める訴えにつき、原告は訴えの利益を有しない。
原告は、昭和三四年、被告局長を相手方として、大阪地方裁判所に本件処分の無効確認請求の訴え(大阪地方裁判所昭和三四年(行)第三四号事件)を提起し、昭和三六年二月一日、請求棄却の判決が確定しているので、再度本件処分の無効確認を求める利益を有しない。このことは、その後に原告主張のような仲裁判断がなされたとしてもなんら変りがない。
(被告らの本案の答弁および主張)
一(答弁)
請求の原因第一ないし第五項の事実は認める。同第六、七項の事実ならびに主張は争う。
二(主張)
原告は、被告局長から認可を受けて司法書士となつていたところ、昭和三三年一二月二四日、被告局長は、原告に対し、原告にかかる弁護士法違反、司法書士法違反事件につき大阪地方裁判所第二〇刑事部裁判官がなした懲役一〇月、三年間執行猶予の判決が同年一〇月二日確定したことを理由に司法書士法一一条三号により司法書士認可取消処分(本件処分)をした。原告は、右処分を不服として被告局長を相手方として大阪地方裁判所に本件処分無効確認の訴えを提起したが、原告の請求は棄却せられ、右判決は、昭和三六年二月一日、控訴取下げにより確定した。しかるところ、原告は、被告局長に対し、「念達書」と題する昭和四〇年一〇月二二日付内容証明郵便をもつて本件処分が無効であることを承認するか否かの回答を求めてきたので、同年一一月二四日、大阪法務局民事行政部総務課長名をもつて、本件処分については、その無効確認請求事件につき請求棄却の判決が確定しているので、本件処分は適法有効なものとして取り扱つている旨同局の見解を通知(本件通知)した。ところが、原告は、被告局長に対し昭和四一年三月一五日付不服申立書を提出し、右通知の取消し等を求めてきたので、被告局長は、同年四月一八日、右通知は、行政不服審査法にいう処分には該当しないから、右申立ては不適法であるとの理由で原告の申立てを却下したものである。事実関係は以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、次の理由により失当である。
まず、本件処分は、上記の無効確認請求事件についての請求棄却の確定判決により、その適法有効なことが確定しており、原告が、司法書士の身分を有しないことは明らかである。原告主張の仲裁判断あるいは原告の条件付意思表示に対し被告局長が期限内に回答しなかつたことが右結論を左右するものでないことはいうまでもない。
また、大阪法務局民事行政部総務課長名の通知は、法律上すでに生じている効果を原告に対し念のため通知したにすぎず、これにより原告の権利義務に影響を与える法律上の効果をもつものではないから、行政不服審査法四条にいう「行政庁の処分」に該当せず、右通知の取消し等を求める不服申立ては許されないのである。しかるに、原告は、右通知を不服審査の対象となる行政庁の処分と解し、審査の申立てをしたので、右通知の行為者である大阪法務局民事行政部総務課長のいわば直近上級庁に相当する被告局長が審査庁として前記趣旨に基づき原告の申立てを不適法として却下する旨の裁決をしたのであつて、本件裁決に瑕疵はない。仮りに、本件通知が被告局長の行為と解すべきものとしても、これに対する原告の不服申立書は、被告局長に提出されたものであり、しかも上叙のように、本件通知は「審査請求をすることができる処分」(行政不服審査法五八条)に該当しないから、被告局長の上級庁である法務大臣に送付することなく自ら却下の処分をしてもなんらの瑕疵もないというべきである。
第四証拠関係<省略>
理由
第一本件処分の無効確認の訴えについて
一 原告が本件処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であることは、当事者双方の主張に徴し明らかである。
ところで、被告局長は、処分の無効確認の訴えはその処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないときに限り許される(行政事件訴訟法三六条)ところ、本件処分の無効確認の訴えは本件処分の無効を前提として司法書士たる身分を有することの確認を求める等の現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるから不適法であると主張する。
しかしながら、右条項の趣旨とするところは、本来、訴訟は権利・義務の主体間(たとえば私人と国または公共団体との間)において現在の法律関係を争うを本則とするから、過去の法律関係を争う行政処分の無効確認の訴えのごときは原則として許さるべきではないが、行政処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴え、すなわち、処分の効力を争点とする訴訟(同法四五条)または当事者訴訟(同法四条)によつてその目的を達することができないときは、かような行政処分の無効確認訴訟もこれを許すというにあると解されるところ、原告の主張に徴するに、本件処分の無効確認の訴えは、要するに被告局長の原告に対する昭和三三年一二月二四日付司法書士認可取消処分は無効であるから、原告の同日以降の業務は正当業務であることを承認されたいというのであつて、その目的は、本件処分の無効を前提として司法書士たる身分を有することの確認を求める等の現在の法律関係に関する訴えによつては達することができないというべきであるから、被告局長の右主張は正当でないといわなければならない。
二 そこで、進んで原告の主張について判断する。
1 まず、請求原因第六項1の違法事由は、原告において、昭和三四年、被告局長を相手方として、大阪地方裁判所に本件処分の無効確認の訴え(大阪地方裁判所昭和三四年(行)第三四号)を提起したが、敗訴し、昭和三六年二月一日、右判決が確定したことは、当事者間に争いがなく、前訴たる右訴訟事件の口頭弁論終結前の事由であることがその主張自体に徴して明らかであるから、原告は、もはやこれを主張することを許されないものといわなければならない。けだし、抗告訴訟においては、係争の処分の違法一般の主張が審理の対象となるものであるから、当該抗告訴訟において、請求棄却の判決が確定すると、これにより当事者間においては、該処分が違法でないことが確定されることになり、当事者は後訴において、その処分の違法を主張することが許されなくなると解すべきであるからである。
原告は、前訴たる右訴訟事件の審判にあたつた裁判官らが裁判所の構成を誤つて審判したという違法があるので、右確定判決の効力は原告にはおよばないと主張するが、仮りに、かかる事由があつたとしても、右確定判決が当然無効となるいわれはなく、原告が、右確定判決の効力に抵触する主張を後訴でなしえないことに変りはない。さらに、原告は、右確定判決後になされた仲裁判断の理由中において示された本件処分が無効である旨の判断は、既判力を有するものであつて、この既判力は、右確定判決に優先するものであると主張するが、右のような仲裁判断における理由中の判断に、既判力あるいはそれに類似の効力があると解することができるとしても、右仲裁手続の当事者とはなつていない被告国あるいは被告局長に効力がおよぶものでないことはいうまでもないから効力の優劣を論ずる余地はない。したがつて、原告の右主張はいずれも採用の限りではない。
2 次に、請求原因第六項2の違法事由は、原告がその主張のような条件付意思表示を被告局長に一方的になし、被告局長が、指定された期限内になんらの意思表示をしなかつたからといつて、そのことが本件処分の効力に影響をおよぼすものでないことはいうまでもないから、その主張自体失当といわなければならない。
第二司法書士たる身分を有することの確認請求について
原告は、さらに、被告国に対し、原告が大阪司法書士会所属の司法書士たる身分を有することの確認をも求め、その先決問題として、被告局長のした本件処分が無効であることを主張する。しかし、右の請求は、前訴たる前記訴訟事件とは当事者を異にするが、本件処分は、被告局長が国の機関としてなしたものであり、前訴たる前記訴訟事件において、被告局長は処分庁として形式上抗告訴訟の当事者となるにすぎないのであるから、上記の判決の効力の関係においては、本件処分の無効確認の訴えのように被告が行政庁であると、右司法書士たる身分確認の請求のように被告が国であるとによつて異ならないというべきであるし、また、請求原因第六項2の違法事由がその主張自体理由がないことも前示のとおりである。
第三本件裁決の無効確認請求について
大阪法務局民事行政部総務課長杉村信吉が、昭和四〇年一一月二四日、被告局長の依命通知として、原告に対し、「本件処分は適法有効である。」旨の本件通知をしたこと、原告が、昭和四一年三月一五日、行政不服審査法五八条一項の規定により、本件通知について被告局長に対し不服申立てをしたこと、被告局長が、同年四月一八日、原告の右不服申立てを却下する旨の本件裁決をなし、本件裁決が、同月二一日、原告に到着したことはいずれも当事者間に争いがない。
そこで、本件裁決の適否について案ずるに、依命通知なるものは行政組織法上のいわゆる内部委任に基づくものであるから、大阪法務局民事行政部総務課長杉村信吉が、被告局長の依命通知として原告に対してなした本件通知はたとえそれが同被告の補助機関である右総務課長名でなされたとしても、被告局長の行為としての効力を有すると解すべきであり、したがつて、これに対する不服申立ては、行政不服審査法五条一項一号の規定により直近上級行政庁である法務大臣に対して審査請求をすることができる場合に該当すると解するを相当し、法律に特別の定め(たとえば民事訴訟法四一七条、三九九条のような規定)のない本件にあつては、被告局長は、右不服申立てにつき、自ら裁決をする権限を有しないものといわねばならない。それゆえ、本件裁決は、権限を有しないもののした裁決として、無効であるといわざるをえない。
被告局長は、仮りに本件通知が被告局長の行為と解すべきものとしても、原告の不服申立書は被告局長に提出されたものであり、しかも本件通知は行政不服審査法五八条にいう「審査請求をすることができる処分」ではないから、同条三項の規定により審査庁に、右不服申立書を送付することなく、自ら却下の処分をなしうると主張するが、しかし、右法条の趣旨とするところは、処分庁が誤つて、当該行為が処分でないと判断しあるいは当該処分が不服申立てのできる処分でないと判断した場合には、教示をしないことがあるが、そのような場合にも、処分の相手方がどこに不服申立てをしたらよいか判らないために不服申立制度を利用する機会を失うようなことがあつてはならないので、便宜上処分庁に不服申立書を提出させることによつて救済をしようとするにあつて、処分庁に右の不服申立てに対する異議決定等の審査権限を与えたものと解すべきではなく、したがつて、また、「審査請求をすることができる処分であるときは、」の意も不服申立ての対象となつた行為について上級行政庁等の審査庁がある場合には、の趣旨に解すべきこと、前記行政不服審査法五条の規定に照らし明らかであるから被告局長の右主張は正当でない。
第四結論
よつて、原告の本訴請求のうち、被告局長に対して本件裁決の無効確認を求める部分は理由があるからこれを認容し、本件処分の無効確認を求める部分および被告国に対して、大阪司法書士会所属の司法書士たる身分を有することの確認を求める部分はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 村上敬一)